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日曜の黄昏は夢を紙くずに変えてゆく

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あんかけ焼きそば大好きな人が書いてます。
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競馬場百景

2009/11/05 23:09
競馬場百景「見まつがい」

大井競馬場の着順掲示板の「レースタイム」がいつも「レコードタイム」に見える。
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3秒ルール

2009/10/30 23:55
3秒ルールをご存知だろうか。
たとえば、床に落としたトマトでも3秒以内に拾って口に入れてしまえばセーフというアレである。
地域によっては、あるいは、個人によってその言い方はさまざまであろうが、ぼくの通っていた高校ではその名で呼ばれていた。
今日はそんな3秒ルールの話、もとい、汚い話である。

発端は胸ポケットにケータイを入れていたことに始まる、和式トイレでの出来事である。
その日、いつものように雲古ちゃんを日々の鬱憤とともに下界に放出した後、備え付けのトイレットペーパーへ手を伸ばしたのだが、どうにもうまくない。かえたばかりのトイレットペーパーを使った前任者が、変な具合に破いてしまっていたらしい。うまく説明できないのがなんとも歯痒いところであるが、うまくトイレットペーパーを拭くように取り出せないものだから、原因究明すべく身を乗り出した、まさに、そのときである。

ぽちゃッ。

習慣というのはこわい。
雲古ちゃんはかろうじてかわしたものの、それらが融合している秘境のごとき湖にぼくは「3秒ルール発動!」とばかり、落としたケータイを間髪入れずに拾い上げていたのだ。
だが、想像してみたまえ。今まさに口に入れようとしていたポテチが寸前で床に落ちたときのことを。120円のジュースを買おうと最後の10円玉を入れようとしていてそれが寸前で床に落ちたときのことを。
そして、想像してみよう。現代人の人恋しさと暇つぶしとコミュニケーションとその他いろいろ便利すぎる機能を備えたケータイを落としたときのことを。
誰が拾わずにいられるだろうか。いや、いない。
とはいえ、事の重大さに気づいたときには、手のふるえが止まらなかった。果たしてそれでキレイになるのかわからずにトイレットペーパーで拭くしかなかったときの虚しさ。いつもの20倍、たとえるなら田舎道に「テロ警戒」の看板を掲げる官のごとき厳重さで手を洗おうとする卑しさ。すぐに除菌効果のある確かなウェットティッシュを買って(修羅場となったのはコンビニのトイレ)ケータイを懸命に拭いている醜さ。「キレイになったかなぁ」と気にしながらも、食欲に負けて、汚いケータイを触った汚い手でじゃがりこを貪る汚い自分。
しかし、その後、腹をこわすことはなかった。

今日はそんな3秒ルールの話、もとい、くだらない話でありました。
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ぞうもう

2009/10/25 10:44
いつの間にやら「本」が「歴史散歩」をとらえて、テーマ数第1位の座に。
「こりゃイカン!」と意識したわけではないのだが、先日、久しぶりに遠出して、なんとなく歴史散歩っぽいことをしてきた。
行先は留萌だ。とにかく、海岸線を走りたかったので。
やはり海はキレイだし、期せずして紅葉もなかなかに色づいていて、景色は最高であった。
増毛に着いた。レトロな町並みが売りなのだと後で知る。しかも、北海道遺産とな!無知とはこわい。そして、それにまったく注意をはらわなかった自分の見る目の無さにも。
さて。まずは、留萌本線の終着駅たる増毛駅を見た。おそらく日に数本、一両編成のローカルが静かに入ってくるのだろう。線路脇に立つと、自然と想像できる。
電車を待ちたい気もするが、いかんせん、腹が減ったので、早々に立ち去る。
適当な店を見つけて、ちらし丼を食べる。うまい。
その後、日本最北の造り酒屋・国稀酒造の横をすり抜け海を見に行く途中、鰊船の展示されている建物があったので、入ってみた。3月〜5月にかけての鰊漁で1年の稼ぎが決まるのだという。とてつもない季節労働ではないか。往時を切り取ったモノクロ写真も多数展示。すごい時代があったものだ。
陣屋跡も多く残っている。らしいのだが、見ずに終わった(説明板は1コ読んだ)。江戸時代、北方警備のために渡道してきた藩士が数多くいたのだね。稚内かどこか、確かオホーツク海のほうで、越冬に際して苦しんだ藩士の話があったことを思い出した。うん。これはじっくり調べてみたい。何かまとまった本などあればいいのだけれど。みんな、苦労したんだろうな。
増毛を後にする。さらに北上する。留萌まで果ては稚内まで海岸線は続くのだ。ずーっと行ってみたいけれど、予定通り、留萌で引き返した。
たくさん勉強してまた増毛に行きたいと思う。今度は電車で。
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絶版ですよ・その34

2009/09/21 21:39
本日紹介するのは、山口瞳『新東京百景』(新潮文庫)です。

東京をめぐるだけでも、相変わらずの珍道中。山口瞳のはなんたって、編集者とのやりとりと文章がいいんだ。

東京なんてはるか昔からビルが立ち並んで、もう、変わるべき場所なんてなさそうだけど、そこに暮らす人々には当然、変化ってのはあるんだよね。都民ではないので、イマイチ、感傷にひたれるものでもないけれど、こうやってふるさとを見るのはいいことかもしれない。


次回は、上前淳一郎の『やわらかなボール』を紹介します。
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絶版ですよ・その33

2009/09/04 22:08
本日紹介するのは、宮脇俊三『途中下車の味』(新潮文庫)です。

初版をほしがるクセが直りません。
三刷で見つけたとき、買っておけばよかったとずいぶん後悔しました。
巻末であらすじをなぞるたび、読みたい気持ちがどんどんふくらんでいきました。

そんな経過があったもので、初版購入後即読了。
編集者との二人旅なのですが、これがおもしろい!
旅のなかでの編集者とのやりとりと言えば、ぼくのなかでは山口瞳だったのですが、宮脇さんもさすが。
作家が薀蓄ばかり語れば、編集者は居眠りばかり。けれども、食べ物を前にすれば、万事解決。二人のやりとりに限らず、旅先で出会った人々との臨場感にあふれた記述は宮脇さんの筆によるところが大きいですが、本当に読み手を楽しい気持ちにさせてくれますね。

別の編集者との鉄道旅行記『旅の終りは個室寝台車』も早く読んでみたい、今日このごろです。


次回は、山口瞳の『新東京百景』を紹介します。
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絶版ですよ・その32

2009/08/24 23:53
本日紹介するのは、南條範夫『幻の観音寺城』(文春文庫)です。

記述師さんのブログを拝見していたところ、ある日のエントリで、この書名を発見。はて、どこかで見たなと、さっそく近くのブックオフまで行ってみたところ、ありましたぞ。

タイトルにはひかれていた(「幻の〜」ってのがぐっとくる)ものの、あらすじ見て、こりゃ、どうかなと思っていましたが、『決定版 百冊の時代小説』なんてものに選ばれているのならば、読まない手はないでしょう。

観音寺城。ネットで検索しても出てくるほど、わりと知られた古城のようです。安土城建築の際にはこの城の石垣が運び出され使用されていた、なんてトリビアもあります。本編にも織田信長はじめ、浅井やらとも関わりがあり、あの地方ではけっこうな地盤もっていたようで、戦国時代の激戦区に位置してます。

そんな一つの城を舞台に、戦国時代の儚く、哀しき人の世を、政治の道具として生きていた薄幸な姫の一生、城内随一の実力者でありながら当主への道が険しい一族の野心家、独自の組織形態をもって活躍していた甲賀者らを絡めながら、描き出しています。

時代小説を楽しむための要素がふんだんに取り入れてあって、完成度は高いと思います。戦国時代あんまり好んで読んでこなかったけど、こういう人間ドラマはやっぱりおもしろいし、織田信長みたいなよく知られた人物が絡んでくると一気に親近感がわいて物語にのめり込む一つのきっかけになると思うので、普段、時代小説をあんまり読まない人や、戦国時代が苦手な人には、そんなに長いお話でもないんで、これ、おすすめしときます。


次回は、宮脇俊三の『途中下車の味』を紹介します。
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絶版ですよ・その31

2009/08/23 17:32
本日紹介するのは、新田次郎『冬山の掟』(文春文庫)です。

新田氏の山岳小説はこれが初めてになります(たぶん)。

「地獄への滑降」「霧の中で灯が揺れた」「遭難者」「冬山の掟」「遺書」「おかしな遭難」「霧迷い」「蔵王越え」「愛鷹山」「雪崩」の10編収録の作品集です。

いずれも遭難を描いたものですが、そうした極限状況下での人間心理を鋭くえぐった作品が多く、読みごたえがありました。というか、「人間心理の抽出」に関しては、これまで読んできた時代小説群でも遺憾なく発揮されていたので、これは、新田文学のひとつの特徴(あるいは「うまさ」)なのですね。

男女に分かれたパーティーで、男たちのパーティーが遭難して全員死亡。その死後、女たちがそれぞれに自分が原因で死なせてしまったのではないかと勝手に思い込む「霧の中で灯が揺れた」や、遺書を書く段階になってさえ、死後の「遺書」と「自分」に対する人の目を考えずにはいられない遭難者を描いた「遺書」は、滑稽な話としてとらえることはできても、人間心理の実に痛いところをついているだけに、笑うに笑えない絶妙な作品であります。でも、こういうのは、好き。


次回は、南條範夫の『幻の観音寺城』を紹介します。
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