日曜の黄昏は夢を紙くずに変えてゆく

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<<   作成日時 : 2008/10/11 20:03   >>

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本日紹介するのは、上前淳一郎『複合大噴火』(文春文庫)です。

著者自身も「あとがき」で言っていますが、ちょっと、変わった本です。

 われながら風変わりな本を書いた。
 これは歴史ではないし、まして気候学でもない。ノンフィクションというには異端にすぎる。エッセイ、だと思ってもらうのが著者にはいちばんありがたい。

アイスランドではラキ山、日本では浅間山が同時期に噴火し、世界各地に天候異変をもたらした。噴火により多大な被害を受ける浅間山周辺、飢饉が続き人相食む津軽、松平定信の善政によって飢饉を免れる白河、田沼意次が息子の刃傷事件と悪天候から権勢にかげりが見えつつも幕政をとる江戸、フランス革命前夜のパリ。

ところを変え、視点を変えて展開される物語は、確かに、どのジャンルわけも難しく思えます。二つの火山の噴火が世界的な天候不順にどう関わっているか、そのあたりは科学的でノンフィクションっぽいし、フランスではパン騒動(小麦の収穫量減少→パン価格の高騰→下級労働者の暴動)に揺れ、日本では、田沼政権から定信政権への移行があったという記述は歴史だし、火砕流にのまれる村の様子や悲惨な飢饉の描写は迫力ある小説だし。科学・歴史両面にふれつつも、丁寧にわかりやすく書かれていて、さらさらと読めてしまうところは、まぁ、エッセイですね。

私は歴史小説という面を強く感じましたが、それは、読む人によって違うのでしょうか。まったく、変わった本です。

最後にひとつ、また、「あとがき」からになりますが、印象に残ったものをあげます。それは、著者が、「青森県八戸にある対泉院というお寺で、天明飢饉で餓死した人びとの供養碑を見た」ときのことです。

 天明三年から四年にかけての大飢饉の直後に建てられた石の碑には、飢えの惨状や天候、近在の餓死者数、あるいは高騰した物価のことなどが刻まれている。そして、いまでも鮮明に記憶しているが、碑文の一部が誰かの手で虫食い状に削り取られていた。
 「飢えのあまり村人たちは相食むにいたった、という意味のことがこの部分には刻まれていたといいます。後世それを忌わしく思った人びとが、削ってしまったのです」
 案内してくれた地元の人はいった。

そして、今でもこの地方の人は、凶作(飢饉)に備えて、味噌を貯えるのを怠らない、というのです。

なんともすさまじい話です。


次回は、津本陽『天翔ける倭寇』を紹介します。

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