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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その8

2008/09/03 08:09
ローカル列車に揺られてうとうとしている間に、新十津川に着きました。コンビニで昼食を買って、散策開始。旅先では、希代の民俗学者・宮本常一のお父様のお言葉「金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ」を実践したいのですが、ついつい、コンビニで手軽にすましてしまいます。いかんね。

役場前には、何を訴えるのか、望郷の碑。新十津川望郷会により、平成12年の建立とあります。司馬遼太郎の『街道をゆく 北海道の諸道』に書かれているのを読んだだけですが、新十津川の移住物語は涙なくしては語れません。

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その歴史を知るには、駅から歩いて15分ほどの場所にある、開拓記念館(写真下)が最適。客は私一人。入館料を払って中に入ろうとすると、受付の人が、「今、電気つけますからね」と一言。これは、エコなのか。単なる経費削減の節電に思えてしょうがない。

と、なんだか、ひんやりした館内で、冬は暖房(普段電気落としてるぐらいなので)大丈夫なのかな、といらぬ心配をしながらパンフレットを見てみると、冬期間は休館の由。ふ〜ん。

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さて、新十津川町の歴史は、明治22年の大水害の折、壊滅的な被害を受けた奈良県十津川郷の人々の北海道への集団移住に始まります。

十津川郷は、「周囲を山々にかこまれるという地理的事情により、常に時の支配者から自立した歴史を歩んできましたが、とりわけ朝廷とは深い結びつきがあ」って、「明治維新の際には、十津川郷士が倒幕運動に積極的に参加し、大きな功績をあげたこと」で有名だそうで、まずは、それに関する展示が並びます。

そして、集団移住の展示へと続きます。移民の一人が、「あわれめや 遠つみ祖を残して置きて 北の海遠く終るこの身を」と歌えば、送り出す側の役人の一人が、「国のため 身のため拓けみちのくの 蝦夷のかなたの山のひろはを」と返したところには、感動しました。

新十津川の地に移住した後も、夜盗虫の襲来や昭和以降も続いた石狩川の氾濫など、苦労は尽きなかったようです。後半は、そうした苦労を重ねながらも、村から町へと発展してきた様子が展示されています。

開拓記念館見学後は、滝川駅まで、歩きました。途中、石狩川を渡りましたが、雄大な川ですね。滝川からは、高速バスで札幌へ帰りました。


「拓け、蝦夷のかなたの山のひろは」にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その7

2008/09/02 22:54
スギ林散策から戻ってきて駅で一休み。まだ列車の時刻まで余裕があったので、北漸寺と同じく、樺戸集治監の囚人たちによって建てられた円福寺を見に行きました。

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その帰り、月形樺戸博物館の前を通ると、「地域まるごと博物館」と書かれた総合案内板をありました。その意気やよし。ただ、ウェブ上の設備をもう少し充実させてもらうと、言うことないんですがね。ネットとはいえ、手に入る情報が限られていたし、公的なページじゃないと、いまいち、信頼できないですし。手作り感あふれる月形町マップも悪くないですが。

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それにしても、この本数。いつも以上に、時間を気にして観光したのは、言うまでもありません。予定通り、11時49分発の新十津川行きに乗車。さらば、月形!

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雨紛囃子

2008/08/31 22:42
雨紛囃子を見に、旭川は雨紛地区にある、雨紛神社に行ってきました。今日は、例大祭の日で、多くの地域の人たちでにぎわっていました。

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雨紛囃子を知ったのは、まったくひょんなことからだったのですが、

埼玉県新座市の大和田囃子が伝えられたものです。昭和20年、当時の神居村共栄地区に緊急開拓団として入植した人物が、開拓団の子供たちに囃子を教えたのが始まりです。大和田囃子の演目以外に独自に創作した踊りを加えてバラエティーに富んだ構成となっています。(北海道文化資源データベースより)

という、歴史にひかれて、見に行ってきました。

実は、私の祖父も戦後開拓者の一人。十勝の山間の地に入植した祖父たちは、山形にある故郷の村から、神社を勧請してきました。60年経った今でも、9月15日には祭りを行っていますが、それは、山形にある神社の例大祭の日と同じなのです。とはいえ、特別な催しはありません。それだけに、戦後開拓に端を発し、長く伝えられている雨紛囃子には、ひかれるものがあったのです。

全校生徒17名の雨紛小学校の生徒たち(本日は15名参加)による雨紛子囃子が、雨乞いの意味もあるという「雷神」と童話「大きなカブ」をモチーフにした「切り株」を披露。続いて、雨紛囃子子供連(だったかな)の演奏と、それに合わせて保存会の大人たちが舞った(踊った)、「うかれ獅子」(写真のステージ上で演じられているのがこれ)を観賞。もう一つ、最後に披露された演目があったはずですが、私は時間の都合で見られませんでした。

笛、太鼓、鉦による軽快なお囃子に合わせて繰り広げられる、ひょっとこ(人間)と雷神や獅子との滑稽なやりとり。コミカルな動きがとてもおもしろかったです。舞は、やはり、大人が一枚上でした(より動きが大げさというか、わざとらしいというか)が、演奏陣は、ぴったりと合ったリズムで、これには驚きました。キレイな音色でしたよ。本当に心地よかった。

徒歩30分のバス停までの帰り道、遠くなってゆくお囃子の音に耳をすませながら田園風景のなかを歩いたのは、素敵な夏の思い出です。

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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その6

2008/08/29 21:26
月形樺戸博物館を見学して、円福寺、監獄波止場跡、見返りにれの巨木跡、上水道遺構、歴代典獄の碑、スギ林など、囚人に縁のある史跡がたくさんあることを知りましたが、すべて見ることはできません。一度、月形駅に行って新十津川行きの列車時刻を確認した後、囚人たちが植えたという、スギ林を見に行くことにしました。駅の裏山という位置にあります。

駅と博物館のちょうど間くらいにある道を裏山に向かって歩きます。樺戸神社に続く道ですが、横に中学校があります。このあたりも集治監の敷地だったと、博物館の説明にありましたね。相当、広かったんだなぁ。

案内板は、「550m先」「350m先」と二つありますが、100mぐらいのところに、もう一つほしかったですね。

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詳しい解説は看板にまかせます。なんでも、スギの北限ということで学術的価値が高いのだそうです。しかし、スギ花粉に難儀している人にしては、北海道にまで、エライもの植えてくれたなと思っているでしょうね。上士幌町では、スギ花粉症の人を招いての疎開ツアーを実施しているほど、北海道って、そういうところなのにね。

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ちなみに、スギ林のなかに、月形潔を始め、歴代の典獄8名の名を刻んだ、「歴代典獄の碑」があります。木漏れ日のなかに聳え立つその姿は、威厳すらありました。

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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その5

2008/08/28 21:22
月形樺戸博物館の中庭っぽいところには、樺戸集治監初代典獄月形潔の像があります。雰囲気は榎本武揚っぽく(髭のせいかな)て、今でいうところのイケメンです。

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北漸寺で見つからなかった月形潔の碑が横に並んでました。ここに移動したってことなのかなぁ。

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「樺戸監獄時代の建物で、本庁舎以外に現存するの」が、下の写真にある石油庫です。帯広にある十勝監獄跡でも石油庫だけ残っていましたが、妙なシンクロぐあいですな。

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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その4

2008/08/27 22:19
月形町の歴史を今に伝えているのが、月形樺戸博物館です。旧樺戸集治監本庁舎(写真上)、樺戸博物館本館(写真下)、農業研修館の三つの建物から構成されています(いずれも、連絡通路でつながっている)。

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この建物は明治19年建設のもので、大正8年までは集治監本庁舎として、その後、昭和47年までは月形町役場庁舎として、それ以降は現在にいたるまで、北海道行刑資料館として利用されています。

ここには、巣鴨プリズンに入っていた戦犯の歌集や囚人手書きの花札、江戸時代の各藩ごとの入墨の一覧表(佐賀では「サ」の字、大坂では肩近くに二重線、長崎では手首近くに二重線とさまざま、ほかに、甲府、山田、堺など、見ていておもしろい)など、江戸時代から昭和にかけての行刑関係資料が多数展示されています。展示物のネームプレートに、いちいち、「実物」と書いてあるのは、なんとも微笑ましい。それ以外には、典獄・副典獄室や独居房(ネームプレートには、「樺戸花子」とあり、これには笑った)が復元・展示されていました。

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地下通路を通って、樺戸博物館本館へ。これは、すごい。本格的な展示はここからだ、と言わんばかりで、月形町の歩み、囚人の生活、勉強になります。

なかでも、一際目を引いたのが、レンガに刻まれた、「オヽアツイ コレモ国家ノタメダ 流汗淋漓」の文字のでっかい展示。囚人の一人がレンガ生地仕上げ作業中に落書きしたものだそうですが、え、ええ、流汗淋漓なんて四字熟語、初めて知りましたよ。

本シリーズ「その3」で、囚人が建築に携わった北漸寺を紹介しましたが、この町には、囚人と縁あるものが無数にあるようです。その一つ、囚人が設備した上水道の遺構まであるのには、驚きました。その発掘の模様も見ることができます。

最後のパネル展示、囚人労働からタコ労働への説明には、暗い気持ちになりました。2階の連絡通路を渡って、農業研修館へ。マジメに展示見てきたので、ここらで、小休憩。
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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その3

2008/07/31 21:32
月ヶ岡駅から篠津山囚人墓地までの道も長かったけれど、そこから、月形町中心街にいたるまでにはもっと長かった。片方にしかなかった歩道が道の両端に現れ、田園風景のなかにも民家が増えてくると、「ああ、いよいよ町が近づいて来たなぁ」と実感するので、足どりも軽くなります。

国道沿いに歩いてきて、月形町中心街に入る手前には須部都川にかかる橋があります。この手前を右手に曲がれば北漸寺があるはずだ、と月ヶ岡駅前で撮った案内板をデジカメで確認しつつ、目的地に着きました。地図も現地調達する時代になりましたね。

さて、この北漸寺なるお寺も樺戸集治監、というか、囚人と深い関わりをもっています。

 この寺も囚人のみで建てられたということを知って、私は驚嘆した。囚人にさまざまな職人もいたというが、棟梁に伊勢松坂出身の奥田という囚人が選ばれ、総建坪百二十四坪の立派な本堂が建立された。彫物も精巧をきわめ、すぐれた技倆をもつ囚人たちが、その建立に従事したことが理解できた。(吉村昭「石狩川」より)

お寺をふんふんと眺めた後、ここにあるはずの樺戸集治監初代典獄月形潔の碑を探しますが、それらしきものがまったく見当たらない。結局、正面の本堂だけ撮って、退散しました。

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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは・その2

2008/07/29 23:44
まだ肌寒い北海道の5月といえど、日が差せばそれなりに暑くなり、歩いていれば、なおさらです。もう、汗だく。

歩いて観光する者にとって看板(案内板)ほど心強いものはないですね。事前の調べで、月ヶ岡駅から篠津山囚人墓地まで国道に沿っていけば一本道だとわかってはいるけれど、「もう、着いていんじゃない」と一度でも思ってしまうと、「通り過ぎたかな」と不安になり、何か目印を探してしまいます。

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とはいえ、歩くこと20分、こんな立派な看板は期待していなかったので、少々驚きました。しかも、囚人墓地が一般の霊園と同じ場所にあったなんて・・と、そんなこと考える自分にちょっとひきました。普通に差別じゃねーか。

さて、この墓地については、北海道各地に作られた集治監の歴史を綴った『赤い人』の作者である吉村昭のそのときの取材記ともいえる、「石狩川」(『流域紀行』収録)から引用・説明いたしましょう。

 墓地は千人墓と俗称され、処刑された脱獄囚をはじめ獄死した者千二十二人の遺体が無縁仏として埋葬されている。これらの死者は、囚人であるが故に法名もあたえられず、墓標もない。
 (中略)土の盛り上っている個所は、死者を埋葬した場所で雑草がなだらかに波打っている。さらに空地のはずれから熊笹の生い繁る地がひろがっているが、その中にも死者が数多く埋葬されているという。

補足になりますが、樺戸集治監で獄死したのは1,046名、つまり、遺族に引き取られたものわずか24名という事実があります。そして、病気や事故といった獄死の原因が、道路開鑿に代表される過酷な労役にあるという事実も、また、愕然たるものです。

司馬遼太郎は『街道をゆく 北海道の諸道』のなかで、金子堅太郎が書いた囚人労働についての考えを紹介しています。

(囚人は)モトヨリ暴戻ノ悪徳ナレバ、ソノ苦役ニタヘズ斃死スルモ(ふつうの)工夫ガ妻子ヲノコシテ骨ヲ山野ニウヅムルノ惨情トコトナリ、マタ今日ノゴトク重罪犯人多クシテイタヅラニ国庫支出ノ監獄費ヲ増加スルノ際ナレバ、囚徒ヲシテコレラ必要ノ工事ニ服セシメ、モシコレニタヘズ斃レ死シテ、ソノ人員ヲ減少スルハ、監獄費支出ノ困難ヲ告グル今日ニオイテ、万止ムヲ得ザル政略ナリ。

これを氏が要約すると、

「かれら(囚人)は悪いやつだからたとえ斃死しても可哀そうではない。むしろ死んだほうが、監獄予算が軽くなってたすかる」

となります。だから、囚人を労働力として使えばいいじゃないか。賃金も安い。「金子の文章は、いまにも予算面でつぶれそうな―西南戦争のあと―新興国家の中核にあって危機意識がばねになっていたとはいえ、凄味がある」とは、いやはや。

けれど、その後も官というものは民衆の使役をやめずに、国家の「危機意識」があった戦中・戦後の日本とソ連において行われたのでした。

と、それはさておき、人間としての扱いを受けぬまま、ただ労働力として逝った方々に、哀悼の意を捧げます。

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拓け、蝦夷のかなたの山のひろは

2008/07/28 20:07
月形町のことならおもしろい。

もともとのアイヌ語地名に漢字をあてたもの(札幌や小樽のほか、「〜別」「〜内」とつくのはだいたいそれ)や内地から移住してきた人たちの故郷に由来するもの(福島や白石など)が多い北海道地名のなかにあって、明治14年に設置された樺戸集治監初代典獄・月形潔の名に由来するこの町は、本当におもしろい。

というわけで、先日、吉村昭の『赤い人』や司馬遼太郎の『街道をゆく 北海道の諸道』を読んで、ずっと行きたいと思っていた町に行ってきました。

札幌7時02分発の3両編成のローカル電車に揺られて小一時間、石狩当別で新十津川行きに乗り換えて、石狩月形の2つ手前の駅、月ヶ岡で降りました。

地図を拡大すると見られますが、そこから、篠津山囚人墓地に寄りつつ、月形樺戸博物館のある月形町中心部を目指し歩きます。国道一本道辿っていけばいいわけですが、略図は略図、過酷な旅でした。

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全国ツアー・函館の巻B

2008/07/16 19:42
五稜郭タワーからは、函館山も見えます。その手前に広がる函館市街地は、箱館戦争の際、山を越えて来た新政府軍と、土方歳三、中島三郎助ら旧幕府脱走軍との激しい戦場になったのですね。

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五稜郭見学後、函館戦争の終戦の地、亀田八幡神社に行こうと、駅方面へ引き返しました。

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亀田八幡神社は、「榎本武揚ら旧幕府脱走軍の幹部」が「新政府軍の陣地に出向いて(中略)神前で降伏を誓」った場所です。社殿には、箱館戦争のときについた弾痕があるんだとか。

函館駅に戻って、港からの風景を目に焼きつけて、帰途につきました。「全国ツアー」おわり。

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タイトル 日 時
全国ツアー・函館の巻A
全国ツアー・函館の巻A 函館駅を出発して、土方の碑と中島父子の碑に寄り道しながら、ようやく五稜郭までたどり着きました。長かったなぁ。 ...続きを見る

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2008/07/15 19:25
全国ツアー・函館の巻
全国ツアー・函館の巻 旅行9日目は函館観光です。前日、青森駅を15時過ぎに出て、函館には17時過ぎに到着しました。寝台特急で二泊(北斗星、日本海)、友人宅に三泊(東京、名古屋)、親戚宅二泊(静岡)と全国回ってきましたが、最後の一泊は、函館のビジネスホテルとなりました。函館には知り合いがいなかった・・。 ...続きを見る

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2008/07/14 19:20
全国ツアー・青森の巻C
全国ツアー・青森の巻C 三内丸山遺跡見学後は、青森市中心部に戻って、菅江真澄が訪れたという、善知鳥神社に行きました。江戸時代、東北地方を流浪した彼は、青森に3度ほど来ていて、「すみかの山」という本のなかでは、三内丸山遺跡を紹介しているそうです。神社内には、青森郵便局創業の碑や奥州街道終点記念の碑などもありました。 ...続きを見る

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2008/07/13 18:08
全国ツアー・青森の巻B
全国ツアー・青森の巻B 三内丸山遺跡内には展示室があって、出土品の数々を見ることができます。 ...続きを見る

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2008/06/22 21:53
全国ツアー・青森の巻A
全国ツアー・青森の巻A 三内丸山遺跡内には、竪穴住居のほかにも、掘立柱建物(高床倉庫として想定復元)や大型竪穴住居、大人・子供の墓などを見ることができます。途中、「この先カラスの領内 頭上に注意」の看板あり。いや、対処法を教えておくれよ。 ...続きを見る

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2008/06/20 19:29
全国ツアー・青森の巻
全国ツアー・青森の巻 寝台特急日本海は、朝の8時には、青森駅に到着しました。 ...続きを見る

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2008/06/19 19:13
全国ツアー・京都の巻C
全国ツアー・京都の巻C 清水寺見学に時間をとられ、三条にある高山彦九郎の像見学は諦めました。仙台で、林子平の墓を見てきただけに、彼とともに、寛政の三奇人と称される高山彦九郎像は見ておきたかったなぁ。 ...続きを見る

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2008/06/11 19:41
全国ツアー・京都の巻B
全国ツアー・京都の巻B 清水寺を見た後は駅に戻るだけだったのですが、地図を見たところ、ちょっと見ておきたいものがあったので、寄り道してきました。 ...続きを見る

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2008/06/10 19:08
全国ツアー・京都の巻A
全国ツアー・京都の巻A 清水寺を再訪したのは、実は、これが見たかったからです。アテルイ・モレの碑。 ...続きを見る

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2008/06/05 19:25
全国ツアー・京都の巻
全国ツアー・京都の巻 旅行7日目。名古屋の友人宅に一泊した翌日、朝食とも昼食ともいえぬ時間帯にひつまぶし食べました。これはうまいっす。おひつに入れられた鰻飯を4等分して、その一つをお椀にうつします。最初の一杯は普通に、次は薬味を入れて、その次はだし汁を加えてお茶漬け風にして、最後は、お気に入りの食べ方でいただきます。個人的には、お茶漬け風が一番でした。ちなみに、食べたお店はこちらです。 ...続きを見る

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2008/06/04 19:36
全国ツアー・名古屋の巻B
全国ツアー・名古屋の巻B 名古屋城見学後は、大須商店街を見て回りました。ちょうど土曜日だったのでにぎやかでした。驚くほど、外国人の姿を見かけました。そういう風土なのか、単なる大都市ゆえのことなのか。 ...続きを見る

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2008/06/03 19:06
全国ツアー・名古屋の巻A
全国ツアー・名古屋の巻A 名古屋城には加藤清正の像が二つもありました。さすがは、築城の名手、名古屋城にも関わっていたのか。 ...続きを見る

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2008/06/02 18:52
全国ツアー・名古屋の巻
全国ツアー・名古屋の巻 朝、静岡から名古屋へ新幹線で移動しての旅行6日目。高校時代の友人と再会し、東京で泊めてもらった友人も呼び寄せ、三人で名古屋を観光しました。名古屋城だけは見ておきたい、という私の願いから、とりあえず、そこを観光しました。 ...続きを見る

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2008/05/24 18:12
全国ツアー・静岡の巻G
全国ツアー・静岡の巻G 柿田川公園内には、二つの湧水展望台があるので、そこへも行きました。 ...続きを見る

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2008/05/23 20:16
全国ツアー・静岡の巻F
全国ツアー・静岡の巻F 江川邸を見学後、遅い昼食をとりに、沼津まで引き返しました。そこで新鮮なお寿司をいただきましたが、とてもおいしゅうございました。 ...続きを見る

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2008/05/22 19:35
全国ツアー・静岡の巻E
全国ツアー・静岡の巻E 江川邸でのこぼれ話。 ...続きを見る

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2008/05/13 19:23
全国ツアー・静岡の巻D
全国ツアー・静岡の巻D 蛭ヶ島でちょっと寄り道しましたが、その後は予定通りに江川邸を見学しました。 ...続きを見る

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2008/05/12 19:59
全国ツアー・静岡の巻C
全国ツアー・静岡の巻C 韮山反射炉見学後、それを建てた韮山代官江川英龍の住宅であった江川邸に向かいましたが、その途中、蛭ヶ島(源頼朝配流の地跡)に立ち寄りました。 ...続きを見る

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2008/04/27 16:14
全国ツアー・静岡の巻B
全国ツアー・静岡の巻B 韮山反射炉の野外展示を一通り見た後、案内してくれたおばあさんが、「(土産屋の)なかにも説明するものがありますので」と言うので、写真撮影をさっとすまして、土産屋に行きました。 ...続きを見る

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2008/04/26 18:44
全国ツアー・静岡の巻A
全国ツアー・静岡の巻A 韮山反射炉を見学しています。下の写真は、反射炉の煙突ではなく、土台部分になります。そして、左の穴が「溶解させる銑鉄等をいれる」鋳口で、右の穴が「石炭(筑後、常磐等)などの燃料を入れる」焚口です。 ...続きを見る

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2008/04/25 18:08
全国ツアー・静岡の巻
全国ツアー・静岡の巻 前日の夕方に静岡まで移動して、一夜明けての旅行5日目は、「ふるさと探訪」シリーズでもお世話になった叔父一家のご協力を得て、韮山反射炉、蛭ヶ島、江川邸、柿田川湧水群などを観光しました。 ...続きを見る

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2008/04/24 18:38
全国ツアー・東京の巻G
全国ツアー・東京の巻G 江戸城跡を見た後、桜田門や二重橋なども見に行きたかったのですが、静岡へ移動しなければならない時間が迫っていたので、大手門を出てからは、まっすぐ東京駅へと向かいました。 ...続きを見る

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2008/04/22 19:03
全国ツアー・東京の巻F
全国ツアー・東京の巻F 引き続き江戸城跡散策の模様をお送りします。 ...続きを見る

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2008/04/21 18:59
全国ツアー・東京の巻E
全国ツアー・東京の巻E 天守台見学後、道なりに江戸城跡を散策。すると、年末の定番、日本人の心、「殿、殿中でござる!」の松の廊下跡の石碑がひっそりとたたずんでいました。ちなみに、「松の廊下」という名称の由来は、「廊下に沿った襖戸に松と千鳥が描かれていた」ことによるのだそうです。へぇー。 ...続きを見る

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2008/04/20 19:05
全国ツアー・東京の巻D
全国ツアー・東京の巻D 切手の博物館を見学後、目白から神田まで移動し、そこから歩いて古書店街を散策しました。洋書に強かったり、アイドルに強かったり、美術に強かったり、それぞれ特徴ある書店が立ち並び、おもしろい場所です。その一角、文庫・新書が充実している書店(名前は失念)にてお買い物。 ...続きを見る

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2008/04/18 20:09
全国ツアー・東京の巻C
全国ツアー・東京の巻C 四日目も東京観光ですが、静岡に移動しなければならないので、午後3時までの時間制限がありました。 ...続きを見る

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2008/04/15 19:29
全国ツアー・東京の巻B
全国ツアー・東京の巻B 前回に引き続き台場公園散策の模様をお送りします。 ...続きを見る

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2008/04/14 19:13
全国ツアー・東京の巻A
全国ツアー・東京の巻A 台場公園は見るべきものがいろいろあっておもしろかったです。 ...続きを見る

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2008/04/10 19:36
全国ツアー・東京の巻
全国ツアー・東京の巻 札幌を寝台特急で出発し、仙台・水戸を観光してきた旅行も三日目です。前日に水戸から東京まできて、そこで泊めてもらった友達と一緒に東京を観光しました。 ...続きを見る

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2008/04/09 22:11
全国ツアー・水戸の巻B
全国ツアー・水戸の巻B 内原には、義勇軍関連の史跡として、旧訓練所正門跡に建つ訓練所の碑や渡満道路があると、水戸市内原郷土史義勇軍資料館の職員の方から聞きました。 ...続きを見る

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2008/04/07 19:28
全国ツアー・水戸の巻A
全国ツアー・水戸の巻A 水戸市内原郷土史義勇軍資料館の敷地内には、復元された日輪兵舎が展示されています。 ...続きを見る

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2008/04/06 08:23
全国ツアー・水戸の巻
全国ツアー・水戸の巻 林子平のお墓のある龍雲院を探すのに手間取ったため、仙台観光終了の時刻が迫ってきました。泣く泣く青葉城見学はカットして、次なる目的地、水戸へと向かいます。10時21分仙台発上野行きの特急スーパーひたちに飛び乗りました。水戸までは3時間ほど、車窓をながめながら過ごしました。途中、阿武隈川を渡りましたが、その大きさにびっくりしました。 ...続きを見る

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2008/04/05 23:07
全国ツアー・仙台の巻B
全国ツアー・仙台の巻B 林子平のお墓のある龍雲院には、戦後の流行歌「リンゴの唄」の作曲者である万城目正さんも眠っています。このお寺は万城目家の菩提所なんですね。 ...続きを見る

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2008/04/01 20:15
全国ツアー・仙台の巻A
全国ツアー・仙台の巻A 林子平のお墓を探す途中、路地に迷い込みました。大雑把な地図のせいで、ひどい目にあいました。否、正確な地図とか、お墓のある寺の名前とか、事前によく調べておかなかった私が悪いのか。反省。 ...続きを見る

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2008/03/31 18:59
全国ツアー・仙台の巻
全国ツアー・仙台の巻 3月11日の朝、寝台特急北斗星は、ほぼ定刻通りに仙台駅に到着。上野へと向かう北斗星をプラットホームから見送ります。さらば! ...続きを見る

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2008/03/30 08:38
全国ツアー・出発の巻
全国ツアー・出発の巻 3月10日から一週間ほど、札幌から仙台、水戸、東京、静岡、名古屋、京都、青森、函館をまわってきました。飛行機を使わず、電車を乗り継いでの旅でしたが、その模様を書いていきたいと思います。 ...続きを見る

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2008/03/29 08:42
ふるさと探訪・その9
ふるさと探訪・その9 吐月峰柴屋寺に続いては、宇津の谷峠です。 ...続きを見る

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2008/03/10 08:05
ふるさと探訪・その8
ふるさと探訪・その8 静岡市街地から離れ、一路、丸子へと向かいます。 ...続きを見る

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2008/03/09 08:39
ふるさと探訪・その7
ふるさと探訪・その7 静岡観光二日目。伯父夫婦に祖母、ペットのワンちゃんを加えての観光です。 ...続きを見る

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2008/03/05 08:51
ふるさと探訪・その6
久能山東照宮下山後、昼食をはさんで、一路、弥生時代の息吹感じる登呂遺跡へ。 ...続きを見る

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2008/03/04 08:24
ふるさと探訪・その5
久能山の中腹には勘介井戸なるものが。昨年の大河ドラマの主役・山本勘介が掘ったとされる井戸です。徳川氏の前は、武田氏がこの山をもっていたのね。 ...続きを見る

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2008/03/03 08:46
ふるさと探訪・その4
坐漁荘見学後は、清水の次郎長関係の史跡を訪ねる予定でしたが、坐漁荘研究会のおじいちゃんにつかまった(こんな言い方は失礼ですけど)ため、時間的に取りやめとなりました。私は次郎長に大して興味がなかったので、支障はまったくありません。 ...続きを見る

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2008/03/02 08:44
ふるさと探訪・その3
清見寺を見学後、静岡観光の案内を買って出て同行していた伯母が、「近くに昔のお偉いさんの別荘みたいのがあるんだけど・・」とぼそり。なぬ、それは聞き捨てならぬ、と私は目ざとく「←坐漁荘」という看板を発見したのでした。 ...続きを見る

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2008/02/28 08:20
ふるさと探訪・その2
清見寺からの眺めはなかなかで、右端には三保の松原が見えました。写真では緑色でもにゃもにゃとなっているところです。 ...続きを見る

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2008/02/25 08:49
ふるさと探訪
一昨年の静岡観光の記録です。前に書いていた「エキサイ都探訪」の続きです。福岡での観光を午前中で切り上げたのは、新幹線で静岡まで移動するためだったのです。 ...続きを見る

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2008/02/24 10:03
坂の街、海の見える街・その6
坂道を下ってきた後は、国道沿いをぶらぶら歩きました。そして結局、古本屋めぐりへと突入していきました。 ...続きを見る

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2008/02/18 09:18
坂の街、海の見える街・その5
手宮洞窟を見学後、保存館から出ようとすると、受付のおじいさんがわざわざ出てきてお見送り。な、なんというサービス。来客が少ないせいもあるのでしょう(それでも、館内では僕のほかに一人、そして、僕が出てきたときには二人館内に入っていった)が、ちょっとうれしくなって、「どこか見晴らしのいい場所はないですか」と聞くと、おじいさんはパンフレットを持ち出してきて、いろいろと説明してくれました。「このすぐ近くの手宮公園もですね、夏なら・・。冬は雪でいけませんのでね。冬の北海道ではなかなか、観光できる場所も限られ... ...続きを見る

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2008/02/17 09:40
坂の街、海の見える街・その4
手宮洞窟には、今から1600年前ごろの続縄文時代(本州では水田文化が根付いた弥生時代にあたる、らしい)に生きた古代人によって彫られた壁画があり、現在は保存館という立派な建物のなかに保存・一般公開されています。 ...続きを見る

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2008/02/16 09:08
坂の街、海の見える街・その3
港沿いを歩いて手宮洞窟を目指します。 ...続きを見る

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2008/02/15 08:39
坂の街、海の見える街・その2
小樽文学館の古本市をのぞいた後は駅に戻り、観光案内所で小林多喜二の文学碑への行き方を訪ねました。しかし、それがあるのは旭展望台という場所で、冬期は行けないと教えられ、がっくり。 ...続きを見る

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2008/02/13 08:40
坂の街、海の見える街
「『小樽雪あかりの路』が九日から小樽市内で始まる。伊藤整の詩集からタイトルをもらった冬のイベントだ。これに合わせて、文学館で十日に『雪あかりの古本市』を開く」とは、昨年の北海道新聞の「朝の食卓」というコーナーに掲載された、小樽文学館学芸員の方の文章ですが、昨年はこれをきっかけに文学館を訪れました。 ...続きを見る

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2008/02/12 09:01
雪あかりの街・その11
忍路から小樽市街地に戻ってきてからは、雨の心配もなくなったので、運河を見に行きました。 ...続きを見る

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2008/01/14 10:13
雪あかりの街・その10
地鎮山環状列石に到着。長居は無用。写真撮ったら、さっさと引き返しましょ。 ...続きを見る

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2008/01/13 09:30
雪あかりの街・その9
忍路環状列石の近くに、もう一つ、地鎮山環状列石という遺跡があるということで、そこにも行きました。 ...続きを見る

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2008/01/12 09:09
雪あかりの街・その8
小樽の市街地を離れまして、忍路(おしょろ)というところに行きました。 ...続きを見る

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2007/12/24 15:57
雪あかりの街・その7
小樽市総合博物館の近くに、高架桟橋取付線擁壁という遺構が残っているというので、それを見にいきました。 ...続きを見る

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2007/12/17 08:58
雪あかりの街・その6
小樽市総合博物館の野外展示を見終わって、館内を通って外に出ようとしたら、某大学の学生さんに、「卒業研究で小樽の観光についてやっていまして、アンケートにご協力いただけたら・・」と声をかけられました。 ...続きを見る

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2007/12/16 11:50
雪あかりの街・その5
小樽市総合博物館の野外展示にある車両は下の写真のように、三ヶ所ほどにかたまって、ズラリと並べられています。 ...続きを見る

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2007/12/13 09:30
雪あかりの街・その4
引き続き、小樽市総合博物館の野外展示です。 ...続きを見る

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2007/12/12 09:14
雪あかりの街・その3
小樽市総合博物館の館内の展示を見たあとは、野外展示を見に行きました。たくさんの車体が展示されていまして、夢中になって見ていると時間のたつのを忘れてしまいます。 ...続きを見る

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2007/12/11 10:13
雪あかりの街・その2
今年の7月にオープンしたばかりの小樽市総合博物館は、手宮というところのもともとは小樽交通記念館があったところにあります。 ...続きを見る

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2007/12/10 11:42
雪あかりの街
久々に旅行記でも。 ...続きを見る

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2007/12/09 22:59
エキサイ都探訪・その6
志賀島から戻って、バスを乗り継ぎ、福岡市博物館へ向かいます。 ...続きを見る

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2007/11/23 11:14
エキサイ都探訪・その5
そうそう、船の発着場近くの売店で有田焼(!)の金印(レプリカ)を売ってましてね。2000円もしたのですが、買ってしまいました。 ...続きを見る

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2007/11/22 15:24
エキサイ都探訪・その4
金印公園散策後、福岡市博物館で金印を見ねばならん!というわけで、時間の都合もあり、元寇の際に犠牲になった蒙古兵たちを供養するために建てられたという蒙古塚は泣く泣くカット。 ...続きを見る

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2007/11/12 09:23
エキサイ都探訪・その3
釣り人と別れて、金印公園散策。 ...続きを見る

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2007/11/11 09:36
エキサイ都探訪・その2
博多埠頭から市営渡船に乗り、約30分で志賀島に着きました。船酔いしてる暇もありません。 ...続きを見る

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2007/11/06 08:27
エキサイ都探訪
前回の鹿児島旅行の際、福岡では大宰府天満宮に行っただけでしたので、今回は、しっかりと観光したいと思います。といっても都合により午前中のみでしたが。 ...続きを見る

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2007/11/05 12:19
古代へタイムスリップ・その8
築地反射炉見学後、パンフレットに、「伊勢神宮の分霊を勧請できた全国で唯一の神社」とあった、伊勢神社を見に行きました。 ...続きを見る

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2007/11/03 08:18
古代へタイムスリップ・その7
バスを降りてから、築地反射炉跡まではちょっと歩きます。 ...続きを見る

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2007/11/02 09:28
古代へタイムスリップ・その6
吉野ヶ里歴史公園で思いっきり楽しんだ(はしゃいだ)あとは、再び、佐賀まで戻って、一息つく間もなく、佐賀市内の観光へ。 ...続きを見る

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2007/11/01 08:35
古代へタイムスリップ・その5
前回に引き続き、吉野ヶ里歴史公園の発掘現場にきております。 ...続きを見る

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2007/10/31 08:37
古代へタイムスリップ・その4
ぶらぶらと歩いていると、「発掘現場公開→」と書かれた看板が・・! ...続きを見る

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2007/10/28 08:26
古代へタイムスリップ・その3
私の弥生時代のイメージはこれ。「ねずみ返し」でお馴染みの高床倉庫です。倉庫群なんで、たくさん並んでます。 ...続きを見る

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2007/10/27 08:36
古代へタイムスリップ・その2
やってきました、吉野ヶ里歴史公園。 ...続きを見る

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2007/10/24 08:20
古代へタイムスリップ
島原で一泊し、四日目は佐賀観光です。 ...続きを見る

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2007/10/23 08:14
湧水の城下町・その8
見るべきものを見たあと、ようやく、雨は小降りに・・。イジワル! ...続きを見る

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2007/10/22 08:35
湧水の城下町・その7
江東寺を後にしたあたりから、雨・風ともに強くなってまいりました。 ...続きを見る

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2007/10/20 08:17
湧水の城下町・その6
巨大なねはん像があると聞いて、江東寺、というところにきました。 ...続きを見る

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2007/10/19 08:19
湧水の城下町・その5
島原城を満喫後、そこから歩いてすぐの武家屋敷跡を見に行きました。 ...続きを見る

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2007/10/18 18:07
湧水の城下町・その4
不完全燃焼の原城見学を終え、雨と汗で湿った体を島鉄車内で休めます。 ...続きを見る

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2007/10/08 08:06
湧水の城下町・その3
前回に引き続き、原城を探索中! ...続きを見る

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2007/10/07 08:25
湧水の城下町・その2
島原へ向かいますが、やはり、島原の乱の舞台となった原城には寄っておきたいですよね。 ...続きを見る

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2007/10/03 09:07
湧水の城下町
長崎観光・三日目。今日は、島原半島をさるきます。天気は終日、雨(時々暴風雨)。 ...続きを見る

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2007/10/02 08:00
主よ、海があまりに碧いのです・その9
前回書きそびれましたが、浦上の信徒たちと劇的な出会いを果たしたプチジャン神父の像が、大浦天主堂の敷地内にはあります。 ...続きを見る

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2007/10/01 07:46
主よ、海があまりに碧いのです・その8
外海地区から長崎駅に戻ってきてからは、市電に乗って大浦天主堂へ行きます。 ...続きを見る

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2007/09/30 09:03
主よ、海があまりに碧いのです・その7
長崎観光・午後の部。午前に引き続き、くもり(ときどき小雨)。 ...続きを見る

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2007/09/28 08:45
主よ、海があまりに碧いのです・その6
片足鳥居→原爆資料館→原爆落下中心地→浦上天主堂ときて、クライマックスは平和公園です。 ...続きを見る

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2007/09/27 10:28
主よ、海があまりに碧いのです・その5
原爆資料館見学後、原爆落下中心地、さらに浦上天主堂へ行きました。 ...続きを見る

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2007/09/26 09:44
主よ、海があまりに碧いのです・その4
いよいよ原爆資料館を見学です。 ...続きを見る

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2007/09/25 09:35
主よ、海があまりに碧いのです・その3
長崎観光・午前の部。目指すは平和公園ですが、いろいろと寄り道しながら行きたいと思います。 ...続きを見る

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2007/09/24 09:47
主よ、海があまりに碧いのです・その2
九州観光・二日目。終日くもり(時々小雨)。長崎をさるきます。 ...続きを見る

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2007/09/22 12:46
主よ、海があまりに碧いのです
昨年の9月に、長崎、佐賀、福岡を観光してきました。 ...続きを見る

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2007/09/21 08:50
千軒甍の街・その11
枕崎駅に到着し、お世話になったタクシー運転手さんともお別れ。ぐす。ありがとうございました! ...続きを見る

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2007/09/07 10:43
千軒甍の街・その10
タクシーは順調に枕崎に向けて走っています。途中、耳取峠に立ち寄ってもらうも、この日はもやがひどくて開聞岳が見えませんでした。キーッ! ...続きを見る

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2007/09/06 11:49
千軒甍の街・その9
枕崎へ向かう途中、九玉神社境内にある谷崎潤一郎文学碑(台所太平記碑)に寄ってもらいました。 ...続きを見る

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2007/08/27 09:53
千軒甍の街・その8
鑑真記念館の駐車場付近にこんなものがありました。 ...続きを見る

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2007/08/26 12:49
千軒甍の街・その7
前回はタクシー運転手さんの話で終っちゃいましたね。ほかにもいろいろ聞いたんですけど、記憶があいまいで、特に印象深いものを書き出してみたのが、前回のものです。よって、文責はすべて筆者にあります。 ...続きを見る

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2007/08/23 08:46
千軒甍の街・その6
いよいよ鑑真記念館です。 ...続きを見る

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2007/08/22 09:07
千軒甍の街・その5
タクシーに乗って、鑑真記念館に向かっています。 ...続きを見る

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2007/08/21 09:21
千軒甍の街・その4
展望所から戻ってきて、おじさんとお別れ。うるる。いろいろとありがとうございました! ...続きを見る

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2007/08/20 18:02
千軒甍の街・その3
おじさんの運転する車に乗って、坊泊小学校から坊津歴史資料センター輝津館まで移動。そして、そこの駐車場から坊津を一望できる展望所まで歩いて行きました(もちろん、おじさんと一緒)。 ...続きを見る

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2007/08/17 09:29
千軒甍の街・その2
次の日。寺田屋のご主人と一緒に坊津散策。 ...続きを見る

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2007/08/16 10:02
千軒甍の街
坊津では、民宿寺田屋にお世話になりました。夕食は豪華そのもの。「もう食べきれないよぉ」というくらいです。なかでも、キビナゴの刺身は絶品なり。うまかぁ。 ...続きを見る

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2007/08/14 09:47
ホタルになって帰ってくるよ・その18
午後4時、知覧から枕崎行きのバスに乗りました。 ...続きを見る

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2007/08/01 10:23
ホタルになって帰ってくるよ・その17
知覧城へ行く予定はなかったのですが、時間もあることですし、まぁ、なんといっても旅行中のある種の興奮状態(夜行バスでの寝不足の影響もあり)でありまして、「知覧城跡 この先2K」と看板を見た瞬間、「いける。今日の俺ならいける」となったわけです。とはいってもですよ、この日は朝っぱらから鹿児島市街を歩き回っていたので(「ホタルになって帰ってくるよ・その3」以降を参照)、この2Kが長くて長くて・・。しかも途中まで坂道ですし。道路はいいんですけど、鬱蒼と茂る高木が太陽の光を遮って、薄暗くって、不気味なのです... ...続きを見る

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2007/07/31 10:24
ホタルになって帰ってくるよ・その16
さて、では、知覧城へも行ってみましょう。でも、その前に知覧のキレイな町並みをご覧あれ。ミニ水車があって、涼しげですわな。 ...続きを見る

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2007/07/30 09:46
ホタルになって帰ってくるよ・その15
武家屋敷の近くにある亀甲城跡も散策。国指定史跡でもある知覧城の出城(前線基地みたいなもの?)だそうです。なぜか、写真をたくさん撮っていたので、紹介しましょう。 ...続きを見る

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2007/07/26 08:22
ホタルになって帰ってくるよ・その14
ミュージアム知覧見学後は、知覧市街地へと向かいます。「薩摩の小京都」と呼ばれる、武家屋敷を見るためです!・・って、入園料とるんですね(入園料取扱所が5ヶ所ほどあります)。 ...続きを見る

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2007/07/25 09:56
ホタルになって帰ってくるよ・その13
特攻平和記念館のお隣には、知覧の歴史や文化を学ぶことができる博物館・ミュージアム知覧があります。特攻平和会館との共通券があってお得なので、見学してきました。展示品はとても充実してます。 ...続きを見る

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2007/07/22 09:35
ホタルになって帰ってくるよ・その12
特攻平和会館を見学後、特攻平和観音堂などを見て回りました。 ...続きを見る

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2007/07/21 08:11
ホタルになって帰ってくるよ・その11
特攻平和会館内の来館者ノートに、「今の私たち(日本)があるのは、この特攻隊の方たちのおかげです」という主旨の感想を多く見かけました。 ...続きを見る

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2007/07/18 09:07
ホタルになって帰ってくるよ・その10
特攻第一号としてフィリピン戦で出撃した関大尉は言ったそうです。 ...続きを見る

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2007/07/17 09:01
ホタルになって帰ってくるよ・その9
ザビエル公園見学後、知覧行きのバスに乗るため、山形屋バスセンターへ。そこで遅い朝食をとりつつ、9時発のバスを待ちました。 ...続きを見る

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2007/07/16 10:03
ホタルになって帰ってくるよ・その8
鶴丸城からザビエル公園に向かう途中、照国神社手前の道路沿いに西郷隆盛像を発見。上野公園のとは違い、こちらは軍服姿なのですね。 ...続きを見る

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2007/07/12 09:59
ホタルになって帰ってくるよ・その7
城山に向かって(迷いながら)歩いていると、「森有礼生誕(地)の碑」がありました。これまた、偶然の出合いに感謝。でも、どこにあったのかは、迷っている最中だったのでわかりません。ぐはっ。 ...続きを見る

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2007/07/11 09:55
ホタルになって帰ってくるよ・その6
次なる目的地は、祗園之洲公園から歩いてすぐのところにある多賀山公園です。東郷元帥の像があると聞き、やってきました。 ...続きを見る

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2007/07/10 09:46
ホタルになって帰ってくるよ・その5
前回に引き続き、朝の散歩をする鹿児島市民の方々の視線を気にしつつ、祗園之洲公園内を散策した模様をお送りします。 ...続きを見る

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2007/07/08 10:11
ホタルになって帰ってくるよ・その4
フランシスコ・ザビエル。キリスト教伝来者として知られる人物ですが、彼が鹿児島湾にやってきたのは1549年のことです。 ...続きを見る

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2007/07/07 10:09
ホタルになって帰ってくるよ・その3
天満宮参拝後は、とんこつラーメンを味わい、バスターミナルに戻ってからは、夜行バスの出発まで暇を持て余しながら過ごしました。どんどん人気のなくなっていく夜のバスターミナルは、なんか、切なかったですね。 ...続きを見る

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2007/07/06 08:38
ホタルになって帰ってくるよ・その2
午後4時半ごろ福岡に到着したわけですが、太宰府天満宮は日没まで参拝できるとのことだったので、とにかく急いで行きました。この日は小雨だったので、「日没なんてどうやって確認するんだろ」などと、のんきなことも考えつつ、西鉄を乗り継ぎ、6時前には大宰府駅に到着。さっそく境内へ。 ...続きを見る

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2007/07/05 09:30
ホタルになって帰ってくるよ
昨年の3月はじめ、鹿児島へ行ってきました。